定法寺町(読み)じようほうじちよう

日本歴史地名大系 「定法寺町」の解説

定法寺町
じようほうじちよう

東山区三条通北裏白川橋東入二丁目

北は白(しら)川の旧流路をもって現左京区岡崎円勝寺(おかざきえんしようじ)町と境する。

再板本(明和刊か)「京町鑑」増補分に柚木町の「西の町 定法寺町」とみえる。明和三年(一七六六)の開町と伝える(京都府地誌)が、年代を明記した史料がみえない。なお当所を東西に走る道は、大正元年(一九一二)に敷設された京津電鉄の軌道跡である。

中世、ここには青蓮(しようれん)院の院家の一つ、天台宗定法寺があったが、廃絶後耕地の字にその名を伝え、開町にあたって町名とされた。定法寺は、僧行快を開基とし、「宝幢院検校次第」に「行快僧正定法寺、町ノ相国実家の息」とあり、尋慶・実助・実源などが定法寺の院主とみえる。もと金剛勝(こんごうしよう)院のなかにあり、「玉葉」文治元年(一一八五)一二月一七日条に「最勝金剛院内定法寺」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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