宝聚寺(読み)ほうじゆじ

日本歴史地名大系 「宝聚寺」の解説

宝聚寺
ほうじゆじ

[現在地名]瀬高町下庄

下庄しものしようのほぼ中央、国道四四三号の南方にある。台嶺山玉泉ぎよくせん院と号し、天台宗本尊は不動明王。寺蔵の鐘銘に「筑後国瀬高下庄談議所台嶺山玉泉院宝聚寺」「当寺中興住職憲栄」とあり、この鐘は享保九年(一七二四)に瀬高川(矢部川)岸から掘出されて当寺に納められたと伝える。文禄五年(一五九六)の寺社領高覚書(立花家文書)によれば瀬高下庄村のうちに談議所領一〇石とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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