室積村(読み)むろづみむら

日本歴史地名大系 「室積村」の解説

室積村
むろづみむら

[現在地名]光市大字室積村

現光市の南東部に、北西から南東へ細長く延びる。村の南端は梶取(かんとり)岬。北西は光井(みつい)、北は三輪(みわ)(現熊毛郡大和町)、東は上田布施(かみたぶせ)・別府(べふ)(現熊毛郡田布施町)の各村と接する。南西側は海に面して室積浦を抱え、南海上に尾(お)島・牛島(うしま)を望む。熊毛宰判に属した。

室積の名が文献上にみえるのは、応保―長寛年間(一一六一―六五)の成立といわれる「本朝無題詩」に、「於室積泊即事」として釈蓮禅・藤原周光の二詩を載せているのが早い。古代・中世には石清水(いわしみず)八幡宮(現京都府八幡市)の宝塔(ほうとう)院領であった(石清水文書)。

慶長五年(一六〇〇)の検地帳に「室積郷」、同一五年の検地帳は「室積」、元禄一二年(一六九九)の郷帳で室積村となる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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