宮崎支石墓群(読み)みやざきしせきぼぐん

日本歴史地名大系 「宮崎支石墓群」の解説

宮崎支石墓群
みやざきしせきぼぐん

[現在地名]倉岳町棚底

くら(六八二メートル)の東麓、棚底たなそこ湾に面した丘陵上に東西約一八〇メートル・南北約六〇メートルの範囲に広がる。丘頂部が東西二ヵ所にあり、遠望すると前方後円墳状にみえる。未発掘のため正確なところは不明だが、二つの頂部に沿って十数基の石棺が並ぶ。ほとんどが箱式石棺で、うち一基は支石墓様の遺構を呈している。石と思われる石は縦一・八メートル、横一メートル、厚さ一五センチの平石であるが、原位置を保っているとは考えがたく、今後の調査が待たれる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新しい環境に適応できず,焦り,ストレスを感じ,気持ちが落ち込むうつ状態。医学用語ではなく通称。もとは大学新入生が5月の連休明け頃から急激に無気力,無関心になることから名づけられたが,時期は5月にかぎら...

五月病の用語解説を読む