棚底村(読み)たなそこむら

日本歴史地名大系 「棚底村」の解説

棚底村
たなそこむら

[現在地名]倉岳町棚底

東はうら村、西は宮田みやだ村に接する。字はまに縄文早期のあけぼの遺跡がある。棚の底に似た地形集落が開け、村名はこれに由来するという。南北朝―室町時代にかけて有力な土豪がいたと思われ、高城たかしろ大権寺おおごんじなどの字名が残る。大権寺には延文三年(一三五八)・康安元年(一三六一)・永徳三年(一三八三)など北朝年号を刻んだ宝篋印塔・五輪塔が群立し、当地を支配した土豪の動向がうかがえる。記銘に「延文三年 明俊」「永享一二年□□月二十四日 光妙浄禅定尼」などとある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む