20世紀日本人名事典 「宮田雅之」の解説
宮田 雅之
ミヤタ マサユキ
昭和・平成期の切り絵作家
- 生年
- 大正15(1926)年10月30日
- 没年
- 平成9(1997)年1月5日
- 出生地
- 東京・赤坂
- 本名
- 徳永 雅一
- 学歴〔年〕
- 明星学園卒
- 主な受賞名〔年〕
- 講談社出版文化賞(挿絵部門)〔昭和47年〕
- 経歴
- 昭和38年谷崎潤一郎に見出され、挿絵画家としてデビュー。「鋭」と「艶」でかもし出す独自の切り絵を創り出し、サンパウロ美術館、リオデジャネイロ近代美術館他で個展を開催。55年作品「日本のピエタ」をバチカン近代美術館に収める。この他四天王寺宝物館、トラピスト修道院他に作品が所蔵されている。59年谷崎源氏54帖の切り絵を完成させた。平成6年国連協会世界連盟(WFUNA)から切り絵「赤富士」が国連50周年記念版画のデザインに選ばれる。7年中国の北京中央工芸芸術学院客員教授。12年中国・上海市に刀勢画・宮田雅之芸術記念庁がオープン。
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報