宮脇城跡(読み)みやわきじようあと

日本歴史地名大系 「宮脇城跡」の解説

宮脇城跡
みやわきじようあと

[現在地名]吉川町稲田 屋舗之内

赤松あかまつ峠を押える毘沙門びしやもん城を本拠とする藤田河内守の館と伝える(累年集要)。藤田氏の本姓は吉河上よかわかみ庄の新補地頭小野氏とされる(文安四年九月日「法光寺奉免田畠注文」吉井家蔵法光寺文書など)。城の西の若宮神社は延徳三年(一四九一)藤田広興により造営されたとの伝承をもつ。藤田氏は摂津国有馬ありま郡の有馬氏と関係が深く、天文二二年(一五五三)頃には三好長慶に属していた(四月一三日「藤田忠正書状」清水寺文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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