宮薗千波(読み)ミヤゾノ センナミ

新撰 芸能人物事典 明治~平成 「宮薗千波」の解説

宮薗 千波
ミヤゾノ センナミ


職業
宮薗節三味線方

肩書
重要無形文化財保持者(宮薗節三味線)〔平成10年〕

本名
藤井 文子(フジイ フミコ)

別名
別名=田村 小右太(タムラ コウタ),清元 延歌寿(キヨモト ノブカズ)

生年月日
大正8年 2月13日

出身地
神奈川県 横浜市

経歴
昭和2年清元延葉留に清元節師事。8年田村小登喜に小唄を師事。10年小唄の芸名・田村小右太を、15年清元節の芸名・清元延歌寿を許された。35年4代目宮薗千寿に宮薗節を師事し、38年宮薗千波の名で初舞台を踏む。のち宮薗節三味線の第一人者と目され、平成5年古典会理事に就任。10年人間国宝に認定された。

受賞
勲四等瑞宝章〔平成12年〕

没年月日
平成14年 5月23日 (2002年)

出典 日外アソシエーツ「新撰 芸能人物事典 明治~平成」(2010年刊)新撰 芸能人物事典 明治~平成について 情報

20世紀日本人名事典 「宮薗千波」の解説

宮薗 千波
ミヤゾノ センナミ

昭和・平成期の宮薗節三味線方



没年
平成14(2002)年5月23日

出身地
神奈川県横浜市

本名
藤井 文子

主な受賞名〔年〕
勲四等瑞宝章〔平成12年〕

経歴
邦楽素養もとに、人間国宝の4世宮薗千寿の指導を受ける。昭和38年初舞台を踏み、のち宮薗節三味線の第一人者と目される。平成10年人間国宝に選ばれた。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「宮薗千波」の解説

宮薗千波 みやぞの-せんなみ

1919-2002 昭和-平成時代の浄瑠璃(じょうるり)三味線方。
大正8年2月13日生まれ。邦楽の素養をもとに,4代宮薗千寿の指導をうける。昭和38年初舞台をふみ,のち宮薗節三味線の第一人者と目された。平成10年人間国宝。平成14年5月24日死去。83歳。神奈川県出身。本名は藤井文子。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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