日本歴史地名大系 「宿院町」の解説
宿院町
しゆくいんちよう
[現在地名]奈良市宿院町
二条通に面し、北は奈良奉行所、南は
「大乗院雑事記」文明一〇年(一四七八)一〇月一七日条に「宿院御所之旧跡者、興福寺之戌亥角也四辻於北行一丁許行而、西ニ東西行ニツシアリ、其奥則宿院御所ナリ、ツシハ彼御所ノ馬場也、今ハ細道ニ成テ馬場トハ不見、御所跡ハ広畠也、西ハ法蓮ノ道ヲ限者也、宿院・佐保殿ハ殿下之春日御参宮之御神事之在所也、国中ニ宿院名ト号ハ彼御所領也、修理田云々、(中略)彼宿院御所跡何者歟令領作畠哉、不審事也、東西南北一丁宛四方一丁ツヽ也、則興福寺之戌亥角ヲ号宿院辻子也」とあり、宿院はすでに廃絶して畠地化していた。
宿院町
しゆくいんちよう
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報