富浦町(読み)とみうらまち

日本歴史地名大系 「富浦町」の解説

富浦町
とみうらまち

面積:二五・六九平方キロ

安房郡の中央西部に位置し、北は富山とみやま町、東は三芳みよし村・館山市に接し、西から南は海(浦賀水道)に臨む。西部をJR内房線、国道一二七号が南北に走り、南部を東西に一二七号のバイパス(館山バイパス)が通る。このほか中央部を南流したのち南部を西流する岡本おかもと川やその支流丹生にう川沿いに県道が走って南北を結ぶが、東西の交通路は少ない。岡本川は町の北東部山間に発し、丹生川のほか居倉いぐら川・福沢ふくざわ川を合せ、大房たいぶさ岬北側の多田良たたら海岸で海に注ぐ。

古代には安房国平群へぐり郡に属し、同郡達良たたら(和名抄)は多田良を遺称地とする。「吾妻鏡」に多々良小次郎(暦仁元年二月一七日条)、「平家物語」に多々羅五郎義春(巻九)の名がみえ、達良(多田良)を本貫とした武士とみられる。中世には多々良庄が成立していた。岡本川河口右岸の海にせり出した尾根の先端に岡本城があり、里見義継(義頼)が居城し、天正八年(一五八〇)義頼が内乱に勝利したのちは里見氏の本城として機能した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報