富田子新田・富田新田(読み)とみだねしんでん・とみだしんでん

日本歴史地名大系 「富田子新田・富田新田」の解説

富田子新田・富田新田
とみだねしんでん・とみだしんでん

[現在地名]木曾岬村富田子

冨田子新田は鍋田(なべた)川下流右岸堤防沿いの新田で、北は和泉(いずみ)新田、西は中和泉(なかいずみ)、東は川を隔てて桑名郡加稲(かいね)輪中(現愛知県弥富町)に相対する。南側に冨田新田がある。「木曾岬村史」に宝暦六年(一七五六)子年に富田彦兵衛によって開発されたとあるが、文化元年(一八〇四)の田畑高反別仕訳書上帳(徳川林政史蔵)に冨田新田、高四・〇一六石、三反三畝一四歩とあり、注として宝永二年(一七〇五)の検地水帳が同五年の大風高波で流失したのでこの高附帳を用いたと記してある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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