20世紀日本人名事典 「富谷鉎太郎」の解説 富谷 鉎太郎トミタニ セイタロウ 明治〜昭和期の裁判官 大審院長;明治大学学長。 生年安政3年10月5日(1856年) 没年昭和11(1936)年5月5日 出生地下野国宇都宮(栃木県) 学歴〔年〕司法省法律学校〔明治17年〕卒 学位〔年〕法学博士〔明治32年〕 経歴明治19年ドイツに留学。帰国後、23年東京地裁判事、東京控訴院長を経て、大正10年大審院長に就任。退官後、11年勅選貴院議員、かたわら明治大学長などを務めた。 出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報 Sponserd by
デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「富谷鉎太郎」の解説 富谷鉎太郎 とみたに-しょうたろう 1856-1936 明治-大正時代の裁判官。安政3年10月5日生まれ。司法省にはいり,東京地方裁判所判事から東京控訴院長,大審院長となる。明大学長もつとめた。貴族院議員。昭和11年5月5日死去。81歳。下野(しもつけ)(栃木県)出身。司法省法学校卒。 出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例 Sponserd by