寒河村(読み)そうごむら

日本歴史地名大系 「寒河村」の解説

寒河村
そうごむら

[現在地名]日生町寒河

日生村の東にあり、東は福浦(ふくうら)村(現兵庫県赤穂市)。瀬戸内海に面するが、加子役の負担・専用漁業権はなく、農業が中心の村であった。平城宮跡出土木簡に「備前国邑久郡方上郷寒川里」とあり、養老五年(七二一)以前は邑久(おく)郡に属した。

慶長一八年(一六一三)の和気郡御勘定帳に「寒川村」とみえ、物成六七石余、夫米四石余。寛永備前国絵図では高一四二石余であるが、貞享元年(一六八四)の和気郡高目録(池田家文庫)によると寛永五年(一六二八)に検地があり、高二〇〇石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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