選定された由緒のある優れた茶道具をいう。名物とは本来「名」または「銘」のつけられた物という意であり、茶の湯道具の世界に使われるようになったのは、醍醐寺座主満済(だいごじざすまんさい)の目録『満済准后(じゅごう)日記』の「葉茶壺(はちゃつぼ)、九重(ここのえ)卜号名物」(永享(えいきょう)6年〈1434〉2月4日条)などである。名物とは、ある種の器物を受容できる階層の間でよばれるようになった自然発生的な呼称と考えられるが、茶道の成立とともに足利義満(あしかがよしみつ)・義教(よしのり)・義政(よしまさ)や村田珠光(じゅこう)などに愛玩(あいがん)された器物の総称名となっていったものといえよう。『烏鼠(うそ)集』(1572成立)という書に「名物を敬事(うやまうこと)、むかし御物(ぎょぶつ)なりしを、只今(ただいま)拝見し手にふるゝ事忝(かたじけなし)と申事也(なり)、昔御物ならぬ名物は、少(すこし)心持かくるなり」とあって、名物とは昔の御物か御物に比肩される茶器の名として定着した呼称となっていったものと考えられる。かくして『茶器名物集』の別称をもつ『山上宗二(やまのうえのそうじ)記』(1588成立)が登場する。宗二は器種別に義政や珠光をはじめ著名な武人や茶人の所持した茶器を列挙して、それぞれに評価を下していく。こうした器種別編成法は江戸期に入ると『玩貨(がんか)名物記』(1660刊)や『中興名物記』(元禄~元文ころ〈17世紀末~18世紀前半〉の成立)を生む。
江戸時代を通じて名物という呼称は、何々名物、あるいは名物手何々という呼び方まで含め、実に広範なものとして展開していく。しかし通常は次の3種に分類されることが多い。大(おお)名物、名物、中興名物である。これらの呼称は松平不昧(ふまい)の『古今(ここん)名物類聚(るいじゅ)』(1789~97刊)に始まるとされるが、そのなかで不昧は、宝物、大名物、中興名物、名物並、上之部、中之部、下之部の7段に分けている。大名物というのは、千利休(せんのりきゅう)以前の東山(ひがしやま)時代のものをいう。名物というのは、利休時代のものであり、中興名物というのは、時代が下って小堀遠州(えんしゅう)が選定したものをいう。大名物とは、すなわち東山御物をはじめ、珠光から武野紹鴎(たけのじょうおう)に至る茶匠の手になる茶器のことである。また利休時代に著名になった道具を単に名物というが、それは織田信長や豊臣(とよとみ)秀吉が、津田宗及(そうきゅう)や千利休らに品定めさせたり、名物狩りと称して収集した茶器のことである。そして中興名物は、小堀遠州の選定した茶道具の名品の称であるため、一名「遠州名物」ともいう。瀬戸藤四郎(とうしろう)以下後窯(のちがま)、国焼(くにやき)などの逸品で、名物に漏れた品を選んだものである。いわゆる『遠州蔵帳(くらちょう)』などに記載されている遠州の秘蔵品だけでなく、当時の諸大名が所持していたものを含め、おびただしい数に上る。
以上の3種の分類のほかにも名物という呼称は多様に使われている。松花堂昭乗(しょうかどうしょうじょう)の所持した名物である「八幡(やわた)名物」、藪内(やぶのうち)家において名物茶器として尊重された「燕庵(えんなん)名物」、三千家において名物茶器として尊重されたとする「千家名物」、摂津国石山本願寺に伝来した名物茶道具「本願寺名物」、奈良の塗師(ぬし)松屋に伝来する徐煕(じょき)筆白鷺緑藻図(はくろりょくそうず)(鷺絵(さぎのえ))、松屋肩衝(かたつき)、存星盆(ぞんせいぼん)の3種を称した「松屋三名物」などはよく知られたところである。また、名物の釜(かま)を記した『名物釜記』『名物釜所持名寄(なよせ)』、名物茶入鑑定のための『名物目利聞書(めききききがき)』、堺(さかい)の数寄者(すきもの)の所蔵する名物目録を掲げた『名物記』など、名物の名を冠した書も散見する。そのほかにも、鎌倉時代から江戸時代中期にかけて渡来した織物の称である「名物裂(ぎれ)」、古筆切(ぎれ)のなかでもとくに優れた名筆の称である「名物切」などがある。さらに一般的な呼称として、地方の名産を「何々名物」と称したり、名物教授、名物男などと使われることもある。
[筒井紘一]
広く人に知られている文物は,品物であれまた食物の類であっても,名物と称するが,美術用語とくに茶の湯の分野では,千利休の時代に名を得た名品を指している。これに対して,利休以前に知名のものを大名物(おおめいぶつ)といい,利休以後小堀遠州の選定になるものを中興名物と呼んだ。ただ利休時代というのは,利休が盛名を得た1582年(天正10)から終焉までのおよそ10年間が基準となる。大名物,中興名物は,利休時代の名物があって成立するといえる。また千家名物,燕庵名物というように,特定の固有名詞を冠して用いる場合もあるが,これらはその家の著名な道具を示している。その他,名物記(《松屋名物記》など名物の目録),名物裂(めいぶつぎれ)(著名な染織物),名物切(古筆切の名品),名物手(大井戸茶碗など名物に分類される主として陶器に関する呼称)などの成語がある。
執筆者:戸田 勝久
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茶道具などで,古くから由緒があり,尊重される品。厳密な定義・範囲はないが,著名な茶人らに愛好された品をさし,種々の名物目録が作られている。千利休(せんのりきゅう)以前から著名であったものを大名物(おおめいぶつ),小堀遠州が選んだとされるものを中興名物といい,松平不昧(ふまい)(治郷(はるさと))はその所蔵品を宝物・大名物・中興名物・名物並・上之部に格づけしている。品目により名物釜・名物裂(ぎれ)などという。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
…茶の湯道具の名物の中で,利休以前,とくに東山に隠棲した足利義政を中心とする東山時代に名を得た器物を大名物という。そして,利休時代に現れたものを名物,遠州時代のものを中興名物とし,これに大名物を加えた3段階の類別が行われている。…
※「名物」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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