寺井堰(読み)てらいぜき

日本歴史地名大系 「寺井堰」の解説

寺井堰
てらいぜき

[現在地名]松山市石手一丁目

石手いして村の東部、石手川の名勝地岩堰いわぜきに設けられた堰。寺井堰で石手川から分流する河川を寺井川(湯之川)といい、その用水は旧温泉郡味酒みさけ村および祝谷いわいだに村・山越やまごえ村以西の諸村をはじめ海岸の村落に至る二〇ヵ村を灌漑した。

初めこの堰は堅固な岩盤に妨げられて石手川本流から多量の水を得ることができず、小旱魃にも下流村落の困窮は甚大であった。温泉・和気わけ両郡代官となった三浦正左衛門はこれを憂慮し、堰の掘下げを企図した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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