寺内暢三(読み)てらうち ちょうぞう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「寺内暢三」の解説

寺内暢三 てらうち-ちょうぞう

1835-1872* 幕末の武士。
天保(てんぽう)6年生まれ。長門(ながと)(山口県)萩(はぎ)藩士。江戸で斎藤弥九郎に剣をまなぶ。文久2年藩主の世子毛利定弘(のち元徳)の小姓役となり,高杉晋作らの外国人襲撃計画を鎮撫。のち干城隊頭取,藩校明倫館頭人,京都留守居役などをつとめた。明治4年12月6日死去。37歳。本姓は国司。名は通健。通称は別に弥三郎,外記。号は潜廬。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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