寺司村(読み)てらじむら

日本歴史地名大系 「寺司村」の解説

寺司村
てらじむら

[現在地名]大分市西鶴崎にしつるさき一―三丁目・中鶴崎なかつるさき一丁目・南鶴崎みなみつるさき一丁目

乙津おとづ川の右岸に位置し、東は御茶屋おちやや御堀を境として鶴崎町国宗くにむね村、北は鶴崎村。鶴崎町から西進した伊予街道(肥後街道)が鶴崎村との間を通る。年未詳の大久保氏本地坪付注文(大久保文書)高田たかた庄内「寺字」とみえる。天正一七年(一五八九)七月一九日、高田「寺路」の八郎などが伊勢神宮に参詣している(「参宮帳写」後藤作四郎文書)

江戸時代を通じて肥後熊本藩領。高田手永鶴崎三ヵ村のうち。文化一〇年(一八一三)当時は鶴崎村庄屋が兼帯していた(高田風土記)。寛永一一年(一六三四)の熊本藩豊後国郷帳に村名がみえ高一〇八石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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