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射和 いざわ

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

射和
いざわ

三重県中部、松阪市の一地区。旧射和村。櫛田(くしだ)川左岸にあり、対岸の相可(おうか)とともに古代からの集落で、かつては櫛田川水運の拠点で、また熊野街道(国道42号)に沿い、地域の商工業の中心であった。江戸時代には射和万古(ばんこ)の陶器、射和軽粉(けいふん)(伊勢白粉(いせおしろい))の集散地としてにぎわった。7月には射和祇園(ぎおん)祭が行われる。[伊藤達雄]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
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世界大百科事典内の射和の言及

【櫛田川】より

…下流左岸は沖積低地で,水田が開かれて条里遺構を残すが,右岸は自然堤防の高燥地である。かつては水運が盛んで,相可(おうか)などの河港が発達し,相可の対岸の射和(いざわ)は伊勢おしろいの産地,商人の町として栄えた。【藤本 利治】。…

【松阪[市]】より

…しかし松坂城下建設とともに町人は松坂に移住させられ,参宮街道も松坂経由に付け替えられ,松ヶ島は一農村となった。なお市域南東部,櫛田川左岸の射和(いざわ)は,古くより多気郡丹生(現,勢和村)産の水銀を原料に白粉(伊勢白粉)を製し,近世には射和商人は松坂商人と並んで多方面に活動した。【稲本 紀昭】 1584年織田信雄に代わって松ヶ島城に入った蒲生氏郷は,88年阪内川下流右岸の孤立丘陵に新たに城を築いて城下町を開き,松坂と名付けた。…

※「射和」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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