…下流左岸は沖積低地で,水田が開かれて条里遺構を残すが,右岸は自然堤防の高燥地である。かつては水運が盛んで,相可(おうか)などの河港が発達し,相可の対岸の射和(いざわ)は伊勢おしろいの産地,商人の町として栄えた。【藤本 利治】。…
…しかし松坂城下建設とともに町人は松坂に移住させられ,参宮街道も松坂経由に付け替えられ,松ヶ島は一農村となった。なお市域南東部,櫛田川左岸の射和(いざわ)は,古くより多気郡丹生(現,勢和村)産の水銀を原料に白粉(伊勢白粉)を製し,近世には射和商人は松坂商人と並んで多方面に活動した。【稲本 紀昭】 1584年織田信雄に代わって松ヶ島城に入った蒲生氏郷は,88年阪内川下流右岸の孤立丘陵に新たに城を築いて城下町を開き,松坂と名付けた。…
※「射和」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...
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