小塚原刑場跡(読み)こつかつぱらけいじようあと

日本歴史地名大系 「小塚原刑場跡」の解説

小塚原刑場跡
こつかつぱらけいじようあと

[現在地名]荒川区南千住二丁目・同五丁目

小名小塚原縄手こつかつぱらなわての西側、日光道中沿いにあった仕置場。広さは間口六〇間余・奥行三〇間余。「風土記稿」によれば、仕置場は初めほん町四丁目(現中央区)付近にあり、のちに二ヵ所に分れ、一方は浅草鳥越とりごえ(現台東区)橋詰へ、さらに浅草聖天しようでん(現同上)西方さいほう寺に移り、その後小塚原に移転したという。寛文七年(一六六七)本所回向えこう(現墨田区)持となる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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