知恵蔵 「小林可夢偉」の解説
小林可夢偉
9歳の時にカートを始め、翌年にはTOYOTA SL全国大会カデットクラス優勝。2000年全日本ジュニア選手権シリーズチャンピオン、01年全日本カート選手権 ICAクラスシリーズチャンピオンとなるなど活躍し、04年にトヨタ・ドライバーズ・アカデミーと契約した。
05年には、フォーミュラ・ルノーのイタリアシリーズで6勝、ユーロカップシリーズでも6勝を挙げ、ともにシリーズチャンピオンとなる。翌06年には F3ユーロシリーズに参戦し、シリーズ8位でルーキー・オブ・ザ・イヤーとなった。07年は、 F3ユーロシリーズ参戦(仏ASMフォーミュラ3チーム)で1勝を挙げ、シリーズ4位になっている。
08年からは、トヨタのテストドライバーを務めながらGP2アジアシリーズに参戦、09年には日本人初のシリーズチャンピオンとなった。
09年10月のF1第15戦日本グランプリで、所属するトヨタチームのレギュラードライバーの体調不良により、フリー走行のみではあるが出走し、F1デビューを果たす。第16戦ブラジルグランプリでは、同じレギュラードライバーの負傷欠場によりF1本戦に出走、予選11番手グリッドから決勝9位の結果を残した。翌第17戦アブダビグランプリでは、F1本戦2戦目にして予選12番手から決勝6位と初入賞し、注目を集める。
この年を最後に、トヨタはF1からの撤退を発表したが、2レースで示した実力が認められ、10年はBMWザウバーF1チームよりF1に参戦。次第に実力を発揮してヨーロッパグランプリ7位、イギリスグランプリ6位などで年間32ポイントを獲得し、2010年F1ドライバーズポイントランキング12位と健闘した。11年も引き続きBMWザウバーF1チームより参戦して、第2戦マレーシアグランプリで7位入賞を果たし、その実力は高く評価されている。
宮田正和氏(モータースポーツフォトグラファー)は「ジャパンのスポンサーがなくても、自分の腕で評価をもらいマシンに乗れる、真の意味でのF1ドライバー」「もっと速いマシンに彼を乗せてみたい。こう思っているのは僕だけではないはず」と語っている。
(葛西奈津子 フリーランスライター / 2011年)
出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報