朝日日本歴史人物事典 「小槻有家」の解説
小槻有家
生年:生年不詳
鎌倉中期の官人。父は小槻氏壬生流の通時,母は大外記中原師重の娘。貞永2(1233)年に正五位下に叙される。兄淳方の死のあとを受けて,建長4(1252)年に官務となる。文永年間(1264~74)に,所領をめぐって壬生家と大宮家が争ったなかで有家が作成した文書は,官中便補地の成立の事情や性格を伝える好史料である。また彼は3箇条の置文をのこしており,そのなかで文書・所領の保全の重要性を述べている。壬生官務家の存在基盤の見直し・立て直しをはかった人物といえよう。
(本郷恵子)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報