日本歴史地名大系 「小波渡村」の解説
小波渡村
こばとむら
日本海に面し、北東は
享和二年(一八〇二)の佐藤五郎右衛門家系譜(鶴岡市郷土資料館蔵)は、源義経の家臣佐藤庄司基晴の孫信通が当村を開いた旨を説き、「漁猟ヲナシテ業トシ子孫を全フシ時運ノ至ルヲ待シケリ」と記しており、庄内浜において最も早く漁業の開始された地域とされる。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
日本海に面し、北東は
享和二年(一八〇二)の佐藤五郎右衛門家系譜(鶴岡市郷土資料館蔵)は、源義経の家臣佐藤庄司基晴の孫信通が当村を開いた旨を説き、「漁猟ヲナシテ業トシ子孫を全フシ時運ノ至ルヲ待シケリ」と記しており、庄内浜において最も早く漁業の開始された地域とされる。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...