小波蔵村(読み)くわんぐわむら

日本歴史地名大系 「小波蔵村」の解説

小波蔵村
くわんぐわむら

[現在地名]糸満市小波蔵こはぐら

東は伊敷いしき村、北は高嶺たかんみ間切真栄里めーざとう村。クヮングヮ村・クファングヮ村とよぶ。絵図郷村帳・琉球国高究帳に島尻大里しまじりうーざとう間切古波蔵村とあり、「琉球国由来記」には真壁まかび間切古波蔵村とみえる。真和志まーじ間切古波蔵くふあんぐわ(現那覇市)も絵図郷村帳や琉球国高究帳、前掲由来記にも古波蔵村と記された。当村がのちに小波蔵村に改称。前掲高究帳によると頭高五二九石余、うち田二四〇石余・畠二八八石余。間切集成図には集落の西に井が記される。脇地頭である小波蔵地頭の任地で、地方は古波蔵掟が管掌(前掲由来記)。明治六年(一八七三)の地頭職の小波蔵親雲上は家禄・物成ともになく、当村からの作得五石余(琉球藩雑記)。前掲由来記によれば糸洲ノロの年中祭祀として古波蔵根所火神で麦稲穂三日崇、並里之殿・大神谷之殿・外間之殿・神謝敷之殿で麦稲四祭が行われた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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