小瀬川館跡(読み)こせがわたてあと

日本歴史地名大系 「小瀬川館跡」の解説

小瀬川館跡
こせがわたてあと

[現在地名]花巻市小瀬川

花巻市街の北西約五キロ、だい川・鍋割なべわり川合流点付近の台地上にあり、小瀬川城とも称される。天正一八年(一五九〇)豊臣秀吉領地を没収されるまで、稗貫ひえぬき郡一帯に勢力を振るった稗貫氏最初の居城と伝えるが、築城年代などについては諸説あって明らかではない。「伊達世臣家譜」に載る稗貫氏系図によれば稗貫氏の祖は藤原山蔭流伊達朝宗の四男常陸四郎為家で、為家は源頼朝に仕え、建久八年(一一九七)に稗貫郡を給せられたものの就封せずに没し、その子三河守為重が稗貫郡に下向、当館を築いたという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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