小町塚経塚(読み)こまちづかきようづか

日本歴史地名大系 「小町塚経塚」の解説

小町塚経塚
こまちづかきようづか

[現在地名]伊勢市浦口三丁目

高倉たかくら山の北麓、標高二〇メートル足らずの海成段丘上にある。外宮の西へ約一キロ。「五鈴遺響」によれば、天明年間(一七八一―八九)農夫によって数百枚の瓦経が掘出されたという。現在は墓地となり、原形をまったくとどめない。出土遺物も各地に分散してしまっているが、多数の瓦経のほかに陶製光背(承安四年在銘)台座・瓦塔などがある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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