日本歴史地名大系 「小石川富坂新町」の解説 小石川富坂新町こいしかわとみざかしんまち 東京都:文京区旧小石川区地区小石川富坂新町[現在地名]文京区春日(かすが)二丁目小石川金杉水道(こいしかわかなすぎすいどう)町のうちの稲荷前(いなりまえ)町の南方に位置する拝領町屋。町場は北・東・南の三方は武家地に囲まれ、西は金剛寺(こんごうじ)坂の通りを隔てて小日向金剛寺(こびなたこんごうじ)門前。慶長年間(一五九六―一六一五)に餌差衆五九人が小石川村のうちで大縄地(のちの小石川上富坂町・同中富坂町・同下富坂町)を拝領したが、このうち一〇人の拝領地が宝永五年(一七〇八)に水戸藩上屋敷に囲込みとなり、この替地として下されたのが当町で、富坂町から引地になったので富坂新町と称した(御府内備考)。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by