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生類憐みの令 しょうるいあわれみのれい

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

生類憐みの令
しょうるいあわれみのれい

江戸時代,5代将軍徳川綱吉が行なった生類殺生禁止令。綱吉は嗣子徳松の夭折以来,盛んに求子の祈祷をしたが効果はなかった。そこで,生類の殺生を禁じ,戌年生れのため特に犬を愛護すれば,前世での罪障を消すことができ,子も授かるという真言僧隆光の言をいれて,貞享4 (1687) 年これを発令,その死まで励行された。犬に対する愛護は極端で,元禄8 (95) 年江戸中野,四谷,大久保などに犬小屋を建てて犬を養い,その費用を江戸町民に課した。違法者に対する刑罰はきびしく,切腹や遠島もしばしば行われた。この令は綱吉の儒仏愛好心と側近らの迎合主義から生じたもので,悪政の評判が高く,綱吉は「犬公方 (いぬくぼう) 」と呼ばれた。

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デジタル大辞泉の解説

しょうるいあわれみ‐の‐れい〔シヤウルイあはれみ‐〕【生類憐みの令】

江戸中期、5代将軍徳川綱吉が発布した殺生禁断の令。貞享2年(1685)以後しばしば発令。特に犬を大切にし、犯す者は厳罰に処した。綱吉の死後、廃止。

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百科事典マイペディアの解説

生類憐みの令【しょうるいあわれみのれい】

生類愛護の趣旨を含む政策のうち徳川5代将軍綱吉就任以来の一連の政策をいう。1685年始まる捨子・捨病人・捨牛馬の禁止,鷹の飼育禁止などが知られ,江戸中野の犬小屋設置に至る一連の犬愛護令は江戸市民の反感を買った。
→関連項目元禄時代鷹匠徳川家宣徳川綱吉

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とっさの日本語便利帳の解説

生類憐みの令

第五代将軍徳川綱吉(在職一六八〇~一七〇九)が、世継ぎの男子が得たい一心と仏教の因果応報の理念に深く心動かされたことから発布した、極端な動物愛護令。犬猫から牛馬、鳥類魚類までを対象とし、事細かに罰則を規定、庶民のくらしを圧迫し、犬公方(いぬくぼう)と陰口された綱吉の死後、ただちに廃止された。

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世界大百科事典 第2版の解説

しょうるいあわれみのれい【生類憐みの令】

7~8世紀に牛馬屠殺祈雨風習の禁令,百姓私畜のイノシシの放養令,殺生禁令等があり,鎌倉幕府の殺生禁令をもふくめて,日本史上生類愛護の趣旨をふくむ政策は少なくないが,徳川綱吉政権の一連の政策が,とくに生類憐みの令とよばれる。この名称で総括したひとつの幕法は存在せず,その趣旨の法や措置をよぶため,始期についても諸説がある。1685年(貞享2)7月将軍家御成先で犬猫をつなぐに及ばずとし,9月馬のすじをのばすことを禁じ,11月将軍家台所での魚貝類使用をやめる等の措置を早い例とし,87年正月捨子,捨病人,捨牛馬をきびしく禁じて以来,格別に強化されたとするのが通説に近い。

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大辞林 第三版の解説

しょうるいあわれみのれい【生類憐みの令】

1685年、五代将軍徳川綱吉の時代に発せられた、動物愛護の法令の総称。違反者には死罪・遠島などの極刑が科された。1709年六代将軍家宣により廃止。 → 犬公方いぬくぼう

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

生類憐みの令
しょうるいあわれみのれい

江戸幕府5代将軍徳川綱吉(つなよし)がその治世(1680~1709)中に下した動物愛護を主旨とする法令の総称。1682年(天和2)犬の虐殺者を死刑に処したのに始まり、85年(貞享2)馬の愛護令を発して以来、法令が頻発された。綱吉の意図は社会に仁愛の精神を養うことにあったが(1694年〈元禄7〉10月10日訓令)、将軍の強大な権威に迎合する諸役人によって著しく増幅され、また綱吉生母桂昌院(けいしょういん)が帰依(きえ)した僧隆光(りゅうこう)が、戌(いぬ)年生まれの綱吉に男子が育たないのに関して犬の愛護を勧めてから、いっそう極端に走り、人民を悩ます虐政へと発展した。愛護の対象は犬馬牛に限らず、その他の鳥獣にも及んだ。鶏をとった猫を殺した者、うたた寝中体に駆け上がった鼠(ねずみ)を傷つけた者などが入牢させられ、釣り舟の禁止、蛇使いなど生き物の芸を見せ物にすること、さらには生鳥や亀(かめ)の飼育が禁ぜられ、金魚は藤沢遊行寺(ゆぎょうじ)(清浄光寺(しょうじょうこうじ))の池に放たしめられた。1695年(元禄8)には江戸郊外の中野に16万坪の土地を囲って野犬を収容し、その数は最高時4万2000頭に達し、費用も年間3万6000両、これは江戸や関東の村々の負担となった。1709年(宝永6)綱吉死去に際し、この令のみは死後も遵守せよと遺言したが、6代将軍家宣(いえのぶ)はこれを廃止した。[辻 達也]

生類憐みの令
しょうるいあわれみのれい

  (一)覚
馬の筋のへ(延べ)候儀、第一用方に不宜、其上不仁なる儀にて、御厩(うまや)に立候御馬共、先年より御停止(ちょうじ)被仰付候えとも、今以世上にてハ拵馬在之由候、向後堅御制禁被仰出者也、
 貞享二年丑九月十八日
  (二)覚 御台所張紙写
鳥類貝類海老、向後於御台所つかひ申間敷(もうすまじき)旨被仰渡候、乍然公家衆御馳走其外御振舞之節は可為各別事(かくべつたるべきこと)以上、
 貞享二年丑十一月七日
  (三)覚
惣て人宿又ハ牛馬宿其外にも生類煩(わずらい)重く候えハ、未死内(いまだしなざるうち)に捨候様粗(あらあら)相聞候、右之不届(ふとどき)之族有之は、急度(きっと)可被仰付候、密々左様成儀有之候ハヽ、訴人に出へし、同類たりといふとも、其科(とが)をゆるし、御褒美(ほうび)可被下者也、
 (貞享四年)卯正月日
  (四)口上之覚
今度書付出候上ハ、身体かろ(軽)きものハ、はこくみ(育み)かね(兼ね)可申候間、町人ハ町奉行、地方(じかた)ハ御代官、道中筋ハ*高木伊勢守、給所は地頭え訴可申者也、
 (貞享四年)卯正月日
     *高木守勝。大目付、道中奉行兼任
  (五)覚
 一 捨子有之候ハヽ、早速不及届(とどけるにおよばず)、其所之者いたハリ置、直ニ養候か、又ハ望之者有之候ハヽ、可遣(つかわすべく)候、急度不及付届候事、
 一 鳥類畜類人の疵付(きずつけ)候様成ハ、唯今迄之通可相届候、其外友くひ(共食い)又ハおのれと痛煩候計にてハ不及届候、随分致養育、主有之候ハヽ、返可申事、
 一 無主犬頃日は食物給させ不申候様に相聞候、畢竟食物給させ候えハ、其人之犬之様に罷成、以後迄六ヶ敷(むつかしき)事と存、いたハり不申と相聞、不届候、向後左様無之様可相心得(あいこころうべき)事、
 一 飼置候犬死候えハ、支配方え届候様相聞候、於無別条は、向後ヶ様之届無用事、
 一 犬計に不限、惣て生類人々慈悲の心を本といたし、あハれミ候儀肝要事、
    以上
 (貞享四年)卯四月日
  (『御当家令条』巻33)

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世界大百科事典内の生類憐みの令の言及

【イヌ(犬)】より

…新興都市江戸には野犬が横行して都市掃除人の役割を演じたが,皮および肉の利用をはかって,犬を捕殺する者もあった。17世紀末,徳川綱吉の生類(しようるい)憐みの令はそのような犬観を否定し,犬の愛護と登録を命じ,江戸内外に大量の犬を収容する大規模な小屋を設置させた。諸藩でもこれにならった例がある。…

【桂昌院】より

…綱吉の厚い孝敬をうけ,1702年(元禄15)従一位に昇り,また弟本庄宗資をはじめその一族中幕臣として栄進する者も多かった。深く仏教に帰依し,僧亮賢,隆光等を信頼し,そこから生類憐みの令を極端に助長するなどの弊害が生じたといわれている。【辻 達也】。…

【徳川綱吉】より

… 綱吉は幼少から儒学を愛好し,その精神を施政に反映させることに意欲を燃やし,しばしば幕臣を集めて講義をし,1680年には代官に人民統治の精神を訓令し,82年(天和2)には全国に忠孝奨励の高札〈忠孝札〉を立て,孝子表彰の制度も設けた。〈生類憐みの令〉も聖徳の君主の世には仁慈は鳥獣にまでおよぶという理想世界の実現を意図したものであった。しかしその好学は観念の遊戯の色濃く,その施策,とくに〈生類憐みの令〉は将軍に迎合する幕臣によってゆがめられ,綱吉の実子への執心に乗じて護持院隆光らがたきつけた迷信が加わって,人民へのはなはだしい虐政となった。…

【隆光】より

…91年僧正となり,95年には寺領500石を加えて1500石となり,寺名を護持院と改め,新義真言の僧録を命ぜられ,隆光は大僧正に昇った。将軍綱吉と生母桂昌院に取り入り,〈生類憐みの令〉も実子を強く望む綱吉に彼が勧めたものと伝えられるが,同令が年とともに極端にはしったことに深く関与していると考えられている。1707年(宝永4)駿河台成満院に退き,09年綱吉死後大和超昇寺に隠居した。…

※「生類憐みの令」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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