小谷庄(読み)おうなのしよう

日本歴史地名大系 「小谷庄」の解説

小谷庄
おうなのしよう

更埴こうしよく八幡の武水別やわたのたけみずわけ神社を中心とした一帯に立地。

吾妻鏡」文治二年(一一八六)三月一二日条の乃貢未済庄々注文に「八幡宮御領小谷庄」とみえ、石清水いわしみず八幡宮領であったことがわかる。保元三年(一一五八)一二月三日の官宣旨(石清水文書)に「宮寺領 信濃国小谷庄」とあるから、保元以前から石清水八幡宮寺領であったと思われる。

その後、天福元年(一二三三)五月石清水八幡宮の所司らは小谷庄の地頭が宮寺安居頭役等を対捍したと朝廷に注進しており(同文書)、文永四年(一二六七)三月二七日後嵯峨上皇は院宣をもって八幡宮神領小谷庄の伊勢大神宮の役夫・工米の免除を造宮所に下知した(同文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

今日のキーワード

発見学習

発見という行為の習得を目指す学習。または,発見という行為を通じて学習内容を習得することを目指す学習。発見学習への着想は多くの教育理論に認められるが,一般には,ジェローム・S.ブルーナーが『教育の過程』...

発見学習の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android