小郡村(読み)おぐにむら

日本歴史地名大系 「小郡村」の解説

小郡村
おぐにむら

[現在地名]平生町大字小郡

熊毛半島の中間部西側に位置し、南は尾国(おくに)村、北は佐賀(さが)村と接する。西方海上に佐郷(さごう)島を望む海辺の小村。村域は大星(おおぼし)山の南峰続きの山の麓にあたり、ほとんどが丘陵地。上関宰判に属した。

芥河十左衛門家文書(「閥閲録遺漏」所収)の天文一三年(一五四四)三月一六日付とされるものに「小郡 芥河十左衛門」とみえる。

村名は「地下上申」に小郡村とみえ、同書によれば総石高二五〇石九斗余で蔵入、総家数三九軒、うち本百姓二二軒で総人口は九一人。村内の小名に秋森(あきもり)がある。村には庄屋一名、畔頭一名がいた。「注進案」では総田畠数二二町五反余、総石高二八七石六斗余ですべて蔵入、総家数八七、うち本百姓は三〇、総人口四一七人。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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