小金丸村(読み)こがねまるむら

日本歴史地名大系 「小金丸村」の解説

小金丸村
こがねまるむら

[現在地名]志摩町小金丸

山と可也かや山に挟まれ、東は稲留いなどめ村。貝塚かいづか村へ通じる道以西はほとんどが砂丘帯。海岸はにぎノ浜とよばれ、松原が続く。中世小金丸名が成立。天正一九年(一五九一)三月二三日の志摩郡惣田数付(朱雀家文書)によれば田五五町六段余・畠一一町余。小早川時代の指出前之帳によると姫島ひめしま村も含む小金丸村の田六二町四反余(分米九〇三石余)・畠一一町三反余(分大豆五九石余)。慶長三年(一五九八)分の志摩郡物成帳(朱雀家文書)では高九六二石余、物成五二一石余(うち大豆四六石余)。同七年の検地高一千三六八石余、うち大豆一八八石余(慶長石高帳)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む