小長瀬新田村(読み)おながせしんでんむら

日本歴史地名大系 「小長瀬新田村」の解説

小長瀬新田村
おながせしんでんむら

[現在地名]見附市仁嘉にか町・しん町一―三丁目・ほん町一丁目・学校がつこう町一丁目・嶺崎みねざき一―二丁目・南本みなみほん町一―二丁目・葛巻くずまき一丁目・昭和しようわ町一―二丁目・月見台つきみだい一丁目

葛巻村の北方に開かれた新田村。寛永一六年(一六三九)の見附大肝煎与八宛の村上藩士長瀬小右衛門書状(三本直一氏蔵)によると、刈谷田かりやだ川上流の石地いしじ島切窪しまきりくぼ庄川しようがわ用水を二ヵ所堰止めて新江溝を引いて葛巻野の開発が奨励されており、当村はこのとき開発に着手された。正保国絵図に高二二〇石余、村松藩領。寛文一二年(一六七二)の本田新田地詰検地帳(長谷川家文書)では本田・新田合せて一六町九反余で、うち新田は三町八反余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む