小高野村(読み)こだかのむら

日本歴史地名大系 「小高野村」の解説

小高野村
こだかのむら

[現在地名]竹田市入田にゆうた

おか城下の大野川南対岸の高台にあり、南は河宇田かわうだ村。正保郷帳では倉木くらき郷に属し、田方七九石余・畑方四四石余。弘化物成帳では門田組のうち、村位は下、免六ツ八分、田一五四石余(一七町六反余)・畑一五五石余(三三町三反余)・屋敷八石余(八反余)で、開田一石余(六反余)・開畑九石余(一六町三反余)がある。


小高野村
こだかのむら

[現在地名]竹田市植木うえき

濁淵にごりぶち川上流にあり、おか城下から山路やまじぐち(現久住町)へ至る道に沿い、赤岩あかいわ越の麓にあたる。正保郷帳では長田ながた郷に属し、田方一二石余・畑方六石余で、柴山有・日損所と注記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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