小鳥原村(読み)しととばらむら

日本歴史地名大系 「小鳥原村」の解説

小鳥原村
しととばらむら

[現在地名]西城町小鳥原(ひととばら)

三坂(みさか)村の西に位置し、北は伯耆国日野(ひの)郡多里(たり)村(現鳥取県日野郡日南町)。北西に三国(みくに)山、東に猫(ねこ)山がそびえ、小鳥原川とその上流天樋(あまひ)川(雨樋川)流域の標高五〇〇メートル前後の谷間に耕地がある高冷地で、南北に長い村。村内を東城路(伯耆路)が通る。戦国時代は大富山(おおとみやま)城に拠った宮氏の勢力圏内にあり、直接には八鳥の蟻腰(はつとりのありのこし)城主東氏の支配下にあったと伝えられる。

元和五年(一六一九)の備後国知行帳では「神鳥原村」と記され、高二七五石余。「芸藩通志」には「小鳥原(しととはら)村」とみえ「或は神鳥の字を用ふ、鵐(しとと)とよむなり」とする。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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