尼ヶ崎横町(読み)あまがさきよこちよう

日本歴史地名大系 「尼ヶ崎横町」の解説

尼ヶ崎横町
あまがさきよこちよう

上京区出水通千本上ル下ル東入西入

町の中央を東西に出水でみず通が、南北に千本せんぼん通が通る。平安京大内裏の「采女司」から「内膳司」にかけての跡地(「拾芥抄」の宮城指図)。当町は明治二年(一八六九)「尼ヶ崎町」と「千本横町」を合併して成立した(坊目誌)

寛永一四年(一六三七)洛中絵図には千本通以東を「あまが崎丁」、以西を「千本横丁」と記し以後この呼称が多い。京都御役所向大概覚書によれば、町絵師海北友竹が居住していた。

明治維新前はともに上古京聚楽組の日暮組に属し、尼ヶ崎町は二一軒役、千本横町は二五軒役を負担した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む