山寺経塚(読み)やまでらきようづか

日本歴史地名大系 「山寺経塚」の解説

山寺経塚
やまでらきようづか

[現在地名]山形市山寺

立石りつしやく寺は慈覚大師開山と伝え、大師遺骨宝珠ほうじゆ山中腹の伝入定窟に奉納されていたと信じられていた。入定窟の百丈巌の上、納経堂近くにあった如法経所碑(立石寺蔵)には、天養元年(一一四四)僧入阿大徳兼済ら五人が慈覚大師の護持を仰ぐため、如法の石墨草筆をもって法華経を書写し、入定窟に納めたと記す。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む