山寺経塚(読み)やまでらきようづか

日本歴史地名大系 「山寺経塚」の解説

山寺経塚
やまでらきようづか

[現在地名]山形市山寺

立石(りつしやく)寺は慈覚大師の開山と伝え、大師の遺骨は宝珠(ほうじゆ)山中腹の伝入定窟に奉納されていたと信じられていた。入定窟の百丈巌の上、納経堂近くにあった如法経所碑(立石寺蔵)には、天養元年(一一四四)僧入阿大徳兼済ら五人が慈覚大師の護持を仰ぐため、如法の石墨草筆をもって法華経を書写し、入定窟に納めたと記す。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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