日本歴史地名大系 「山崎院跡」の解説 山崎院跡やまさきいんあと 大阪府:枚方市楠葉村山崎院跡「続日本紀」宝亀四年(七七三)一一月二〇日条に、行基が建てた四〇余院のうち、水田を施入されていなかったため荒廃の著しい六院の一つとして河内国山崎院があげられ、田二町が施されている。行基が建立した諸院を列挙する「行基年譜」には、河内国に山崎院がみえず、山背(やましろ)国乙訓(おとくに)郡の山崎院のみがあげられているのでその所在地は明らかでないが、同書には神亀二年(七二五)建立の久修園(くしゆうおん)院に山崎の注が付せられているので、久修園院を山崎院とする説が有力である。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by