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山本徳翁 やまもと とくおう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

山本徳翁 やまもと-とくおう

1811-1877 江戸後期-明治時代の商人。
文化8年生まれ。緑西江(みどり-さいこう)の夫。江戸日本橋の茶舗山本山の6代目嘉兵衛。天保(てんぽう)年間に上質の煎(せん)茶を開発し,「玉の露」(のちに辻利右衛門の手で玉露として完成)と名づけて販売した。天廼門都竜(あまのと-とりゅう)の号で狂歌師としても知られた。明治10年7月6日死去。67歳。著作に『煎茶小述』など。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

山本徳翁

没年:明治10.7.6(1877)
生年:文化8(1811)
江戸末期の江戸の茶商。屋号山本山。従来の煎茶を改良した玉露系の新製品を最初に発売した。同茶舗の始祖は元禄8(1695)年,山城国綴喜郡山本村(京都府田辺町)から江戸日本橋に出て店を構え,代々嘉兵衛を襲名。徳翁は6代目嘉兵衛に当たる。天保6(1835)年,商用で山城国宇治郷を訪れ,小倉村の製茶業者木下吉左衛門の宅に逗留,その碾茶(揉まずに乾燥する茶)の作業場でたわむれに自ら焙炉の上で蒸葉を手揉みし,たまたま小球状の上質の煎茶を精選し得たという。彼はこれを「玉の露」の銘で販売,世の好評を博した。「玉の露」はのちに宇治の製茶業者辻利右衛門の手で,明治初年ごろに玉露として完成された。<参考文献>大林雄也『大日本産業事蹟』(平凡社東洋文庫』)

(葉山禎作)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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