日本歴史地名大系 「山梔窩」の解説 山梔窩さんしか 福岡県:筑後市水田村山梔窩[現在地名]筑後市水田久留米藩の勤皇家で、藩政改革を主張した真木和泉守保臣(もと久留米城下水天宮の神官)が嘉永五年(一八五二)五月に蟄居させられ、翌年八月から文久二年(一八六二)まで居住した家。弟大鳥居理兵衛家の一隅に建てられた東西三間、南北二・五間、茅葺の小舎で、県指定史跡。「真木和泉守遺文」に「保臣口さかしきをもて罪を得ければ、今は何事も言わじと、書読む所をも口なしのやと名付け」たとある。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by
事典・日本の観光資源 「山梔窩」の解説 山梔窩 (福岡県筑後市)「福岡県文化百選 建物編」指定の観光名所。 出典 日外アソシエーツ「事典・日本の観光資源」事典・日本の観光資源について 情報 Sponserd by