山蕨村(読み)やまわらびむら

日本歴史地名大系 「山蕨村」の解説

山蕨村
やまわらびむら

[現在地名]足助町山(やま)ヶ谷(い)

巴(ともえ)川の支流神越(かみこし)川右岸の急斜面とそれに続く小起伏面にある。東は室平(むろだいら)村・浅谷(あざかい)村、南は大見(おおみ)村・葛沢(つづらさわ)村、西は安実京(あじきよう)村・有洞(うとう)村、北は足口(あしくぢ)村に接する。集落は本郷と枝郷月布(つきの)からなり、いずれも小起伏面の山麓に点在する。月布は神越川右岸の断崖上にある。鶏足(けつそく)城跡が足口との境の山頂にある。

寛永一二年(一六三五)当時、刈谷城主松井忠房領。慶安二年(一六四九)山蕨村四七石余は幕府直轄地に編入。同四年四七石余のうち二八石余が、大島(おおしま)村に陣屋を置く旗本石川貞当知行地となり、幕府直轄分と旗本石川家の相給となる。元禄一一年(一六九八)直轄分のうち一三石余が赤根(あかね)(現宝飯郡御津町)に陣屋を置く旗本一色直与知行地となったため三者の相給となる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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