岩村田宿(読み)いわむらだしゆく

日本歴史地名大系 「岩村田宿」の解説

岩村田宿
いわむらだしゆく

[現在地名]佐久市岩村田

近世中山道の宿駅江戸方の小田井おたい宿(現佐久市小田井・北佐久郡御代田町小田井)へ一里七町、京方の塩名田しおなだ宿(現北佐久郡浅科村塩名田)へ一里一一町。慶長七年(一六〇二)六月の塩名田宿宛駄賃定(丸山憲一氏蔵)に「いわむら田へ八五文之事」とあるから、同年宿駅に設定された。

元和二年(一六一六)一一月岩村田宿あての伝馬定書(明治大学蔵)では荷物一駄が小田井宿まで一九文、塩名田宿まで二一文とある。天保期(一八三〇―四四)の宿概況は宿内町並四三町七間、人口一千六三七人、家数三五〇軒のうち旅籠屋八軒、藩より三〇石余の免許がある。継立先は小田井・塩名田のほか、佐久甲州道野沢のざわ、北国脇往還小諸こもろ(現小諸市)、田野口藩田野口たのくち(現南佐久郡臼田町田口たぐち、根々井知行所根々井ねねいなど。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報