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道中奉行 どうちゅうぶぎょう

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

道中奉行
どうちゅうぶぎょう

江戸幕府の職名。万治2 (1659) 年大目付の兼職として設置され,元禄 11 (98) 年勘定奉行が加わって2人となり,その下に道中方がおかれた。五街道を管理し,宿場飛脚など交通通信に関する行政にあたった。

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デジタル大辞泉の解説

どうちゅう‐ぶぎょう〔ダウチユウブギヤウ〕【道中奉行】

江戸幕府の職名。老中の支配下にあって、五街道宿場の伝馬(てんま)・宿屋・飛脚の取り締まり、道路の管理、訴訟などをつかさどった。大目付勘定奉行の兼職。

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百科事典マイペディアの解説

道中奉行【どうちゅうぶぎょう】

江戸幕府の職名。五街道とその付属街道における宿駅の取締り,道路・橋梁その他道中に関する全てを総管した。17世紀半ば大目付兼帯(1人)として始まり,のち勘定奉行兼帯の2人制となる。
→関連項目犬伏京街道五街道日光御成道日光例幣使街道脇街道

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世界大百科事典 第2版の解説

どうちゅうぶぎょう【道中奉行】

江戸時代,五街道とその付属街道における宿駅の取締りや道路,橋梁など,道中一切のことを総管した幕府の役職。その史料上の初見は《吏徴別録》が〈大目付 寛永九年壬申十二月始置四人,道中奉行兼帯〉として水野河内守守信ら4名をあげた記事であるが,一般的には1659年(万治2)7月19日,大目付の高木伊勢守守久が初めて道中奉行を兼帯したのを始まりとする。道中奉行は大目付兼帯の1人職であったが,98年(元禄11)勘定奉行の松平美濃守重良が道中奉行加役となって以来,大目付,勘定奉行が兼帯する2人職となり,大目付が兼ねる場合は兼帯といって主席,勘定奉行のそれは加役といって次席とした。

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大辞林 第三版の解説

どうちゅうぶぎょう【道中奉行】

江戸幕府の職名。五街道の道路・橋梁の管理、宿場の伝馬・旅宿・飛脚などの取り締まりを行う。大目付・勘定奉行公事方の兼職。

出典|三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

道中奉行
どうちゅうぶぎょう

江戸時代、五街道とその付属街道の取締りや道路・橋梁(きょうりょう)など、道中関係のすべてを管掌した幕府の役職。道中奉行の初見は『吏徴別録』の「大目付(おおめつけ) 寛永(かんえい)九年壬申(みずのえさる)(1632)十二月始置四人、道中奉行兼帯」という記事であるが、一般的には1659年(万治2)大目付の高木伊勢守守久(いせのかみもりひさ)が初めて道中奉行を兼任したのを始まりとする。その後、1698年(元禄11)勘定(かんじょう)奉行の松平美濃守(みのかみ)重良(しげなが)が道中奉行加役(かやく)となって以降、大目付・勘定奉行兼任の二人職となった。大目付の下には道中方があり、勘定組頭のうち伺方(うかがいかた)、帳面方組頭の一方が兼ね、支配勘定4人がこれに付属した。その職掌は、御伝馬宿入用(ごてんまじゅくにゅうよう)などの下付米金、宿貸付、助郷割替(すけごうわりかえ)、並木管理、道橋普請(ふしん)など多岐にわたる。[丸山雍成]
『丸山雍成著『近世宿駅の基礎的研究 第一』(1975・吉川弘文館)』

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世界大百科事典内の道中奉行の言及

【街道】より

…2~3里ごとに宿を設けて,人馬を常備させ,公用旅行者や物資を逓送させた。それらの管理は初期には代官また老中なども関与していたが,1659年(万治2)以降は道中奉行を置いて専管させた。道中奉行の管理下にあったのは,東海道(品川~京都・大坂),中山道(板橋~守山,次の草津で東海道となる),日光道中(千住~日光),奥州道中(宇都宮~白河),甲州道中(内藤新宿~上諏訪,次の下諏訪で中山道に結ぶ)の五街道のほか,東海道と中山道を結ぶ美濃路(熱田~垂井),東海道の脇街道というべき佐屋路(熱田~桑名),本坂通(浜松~御油または吉田),山崎通(伏見~山陽道の西宮),中山道と日光道中を結ぶ例幣使道(倉賀野~壬生(みぶ)通の楡木へ),日光道中の脇街道というべき日光御成道(岩淵~岩槻を経て日光道中の幸手へ),壬生(みぶ)通(日光道中の小山から分かれ,飯塚,壬生等を経て日光道中の今市へ)がある。…

【五街道】より

…五街道に付属して,美濃路,佐屋路,本坂道(ほんさかみち)(姫街道),山崎街道,日光御成道,壬生通り,日光例幣使道,水戸・佐倉道(一部)などがあって,幕府の直轄になった。幕府ではこれらを管理するために1659年(万治2)に道中奉行を置き,大目付1名に兼ねさせ,98年(元禄11)勘定奉行の1名にも兼ねさせ,以来2名となった。街道の改修,整備,架橋,渡船,並木,宿駅,助郷,人馬賃銭に関することなどは,幕領・私領を問わず道中奉行が管轄した。…

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