日本歴史地名大系 「島中村」の解説 島中村しまなーむら 鹿児島県:大島郡喜界町島中村[現在地名]喜界町島中(しまなか)朝戸(あさとう)村の南に位置する。百之(ひやくの)台の緩やかな傾斜地に立地。西目(にしみい)間切のうち。正保元年(一六四四)没の思語羅志は島中与人を数ヵ年勤めたという(「勘樽金一流系図」奄美大島諸家系譜集)。元禄五年(一六九二)の喜界島帳留(列朝制度)に西目間切与人のとして「島中村」とみえる。西方の池治(いちじ)村を開いたのは当村や滝川(たんにやー)村とされ、その主導者となった仙幸は先代は享保四年(一七一九)琉球王国に清からの冊封使が来た際に琉球に渡って貢物を献じており、荒木(あらち)間切の筆子役を勤めたという。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by