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島津忠寛 しまづ ただひろ

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美術人名辞典の解説

島津忠寛

佐土原藩主。通称又之進・徳次郎・佐嘉郎・淡路守、号は蠖堂。日向佐土原生、東京住。宗家島津斉彬の薫陶をうけ尊王の志厚く、戊辰戦争では官軍の先鋒をつとめる。藩知事・子爵・伯爵となり麝香間祗候に列した。明治29年(1896)歿、69才。

出典|(株)思文閣
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

島津忠寛 しまづ-ただひろ

1828-1896 江戸後期-明治時代の大名,華族。
文政11年2月9日生まれ。島津忠徹(ただゆき)の子。天保(てんぽう)10年(1839)日向(ひゅうが)(宮崎県)佐土原(さどはら)藩主島津家10代となる。藩財政を改革し,洋式兵制をとりいれる。宗藩鹿児島藩と行動をともにし,薩英戦争,戊辰(ぼしん)戦争をたたかう。維新後,伯爵。明治29年6月20日死去。69歳。通称は又之進。号は蠖堂。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

島津忠寛

没年:明治29.6.20(1896)
生年:文政11.2(1828)
幕末の日向国(宮崎県)佐土原藩主。幼名は徳次郎,又之進,通称は淡路守。佐土原藩主島津忠徹の次男として江戸三田藩邸に生まれる。母は宗家島津斉宣の娘随子。天保10(1839)年に父忠徹の急逝にともない12歳で襲封。藩政は宗藩の薩摩藩主島津斉彬の影響と指導のもとに行われ,海防に力を注いだ。幕末・維新の政局では宗藩と行動をともにし,生麦事件や薩英戦争では宗藩とイギリスとの交渉にかかわった。戊辰戦争では忠寛に錦旗節刀が下賜され,上野から会津・米沢方面へと転戦し,その戦功で明治2(1869)年に賞典禄3万石が給された。同年に版籍奉還して知藩事に任ぜられ家禄1813石となる。麝香間祗候,伯爵。

(笠谷和比古)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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