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島田左近 しまだ さこん

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

島田左近 しまだ-さこん

?-1862 幕末の公卿(くぎょう)の家臣。
九条家につかえ,井伊直弼(なおすけ)の腹心長野主膳(しゅぜん)と協力して関白九条尚忠(ひさただ)を親幕府派に転向させる。尊攘(そんじょう)派の探索や和宮(かずのみや)降嫁の斡旋にもあたる。尊攘派ににくまれ,文久2年7月20日鹿児島藩士の田中新兵衛らに暗殺され,四条河原に首をさらされた。名は正辰,竜章。

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朝日日本歴史人物事典の解説

島田左近

没年:文久2.7.20(1862.8.15)
生年:生年不詳
幕末の九条家家士。美濃(岐阜県)の神職,あるいは山伏の子ともいわれ,出自は未詳。上洛し,つてを求めて九条家の家士となる。安政5(1858)年,関白九条尚忠の側近にあり,井伊直弼の謀臣長野主膳(義言)と協力して尊攘派の浪士,公家侍の捕縛を指揮した。のち幕臣の身分を望み主膳と反目。文久2(1862)年,尊王攘夷運動が高揚し始めた7月20日,田中新兵衛,鵜木孫兵衛,志々目献吉により殺害,年38ばかりであったという。首は四条河原にさらされた。天誅という名の,尊攘派による暗殺事件の初めである。

(井上勲)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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