川原明戸村(読み)かわらあけとむら

日本歴史地名大系 「川原明戸村」の解説

川原明戸村
かわらあけとむら

[現在地名]熊谷市川原明戸

大里郡おし領に所属(風土記稿)。荒川の沖積扇状地の扇頂部に位置し、秩父往還が東西に走る。北は幡羅はらじり村、榛沢はんざわ瀬山せやま(現川本町)、南を荒川が限る。村名は悪戸に由来し、上流からの土砂が堆積した川沿いの低地を意味する。正保(一六四四―四八)以前に新田開発を行い、川原明戸新田(武体村)を分村したとみられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む