川隅村(読み)かわすみむら

日本歴史地名大系 「川隅村」の解説

川隅村
かわすみむら

[現在地名]山都町木幡(こはた)

下(しも)村の北にある。集落・耕地は一(いち)ノ戸(と)川の流域に展開し、川角・河隅・河澄とも記した。北は藤沢(ふじさわ)村。住民は川原田姓がほとんどで、中世、南会津地方に勢力のあった川原田氏の一族といわれる。文禄三年(一五九四)の蒲生領高目録では河澄とみえ、小布瀬(こぶせ)郷との注があり、高一一五石余。享保一八年(一七三三)の木曾組手鑑(真部家文書)では高一九五石余(うち新田六〇石余・新畑二四石余)、本田畑は免四ツ九分五厘で、田方七町一反余・畑方四町三反余、家数二四(竈数二四)・人数一五二、雑駄一二。なお同一五年の木曾組諸役等書上帳(五十嵐家文書)によると山役銀五匁四分・川役銀五匁六分、漆木役三〇五本などを負担していた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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