日本大百科全書(ニッポニカ) 「工匠歌人」の意味・わかりやすい解説
工匠歌人
こうしょうかじん
Meistersinger
ワーグナーの楽劇『ニュルンベルクのマイスタージンガー』で知られるマイスタージンガーの訳語。職匠歌人とも訳す。15世紀後半から16世紀にかけてニュルンベルク、マインツ、シュトラスブルクなどドイツ諸都市で栄えた文学運動「工匠歌」の担い手。靴屋、金細工師、仕立屋など手工業者が詩歌研鑽(けんさん)のためツンフト(同業組合)としての歌学校を組織、その正式メンバーが工匠歌人である。現代風にいえば詩人、作曲家、独唱家と一人三役を兼ねるシンガー・ソングライター。14世紀から19世紀に至る伝統のなかで代表的工匠歌人をあげれば、初期のフラウエンロープFrauenlob(1318没)、中期の改革者フォルツHans Folz(1435/40―1513)、全盛期を築くザックスHans Sachs(1494―1576)らがいる。彼らの世界は厳しいヒエラルキー(階級制)の社会で、まず工匠歌のマイスター(師)に弟子入りし歌学校の門人となる。続いて専門の歌手、既存のメロディに歌詞をつける詩人の段階を経て、厳しい試験にパスするとやっと一人前の工匠歌人になる。詩と旋律の自作が前提条件で、タブラトゥーアと称する厳しい減点法による試験風景は、前記ワーグナーの楽劇第1幕第3場に描かれている。
[藤代幸一]