差久美村(読み)さしくみむら

日本歴史地名大系 「差久美村」の解説

差久美村
さしくみむら

中世の多田ただ庄を構成する郷村で村内に大蕨おおわらび村があった。貞治三年(一三六四)六月八日の政所某安堵状(多田神社文書、以下断りのない限り同文書)に「差久美村」とみえ、村内に寺内小寺免田二段三〇〇歩があった。これは多田院(現川西市)内の小寺に寄進された地と考えられる。応安元年(一三六八)には村内の六四家が多田院に金堂供養のための棟別銭を納めている(四月八日金堂供養棟別銭注文)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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