日本歴史地名大系 「巻淵村」の解説 巻淵村まきぶちむら 新潟県:栃尾市巻淵村[現在地名]栃尾市巻淵・巻淵一―四丁目刈谷田(かりやだ)川右岸の河岸段丘に立地。東は吉水(よしみず)村、南西に原(はら)村、南に金沢(かなざわ)村。牧淵(まきぶち)村とも記した。明応六年(一四九七)七月五日の大関政憲外三名連署役銭注文(上杉家文書)に「一貫七百四拾文 巻淵 山本方給分」とみえ、山本なる武士の給地。元和六年(一六二〇)の長岡藩知行目録では牧淵村とあり、高一二一石三斗余。寛政七年(一七九五)の栃尾組検地帳書抜(金内襄治氏蔵)によると、正保二年(一六四五)の検地では本途一二三石九斗余・新田三石八斗余。上田が四町六反余と最も多い。宝永二年(一七〇五)の栃尾組村郷田畑高命帳写(坂牧家文書)によると、広い野山では切替畑・焼畑がある。 巻淵村まきぶちむら 新潟県:新井市巻淵村[現在地名]新井市巻淵通称皿形(さらがた)山とよばれる巻淵山の西山麓、関(せき)川の東岸に位置し、南は下濁川(しもにごりかわ)村、北は川上(かわかみ)村に接する。正保国絵図に高二六石余とある。天和三年郷帳に高四三石二斗余、うち山高一石九斗余・漆高一斗三升とある。宝暦一三年(一七六三)の皆済目録(国立史料館蔵)によれば、高四三石二斗余に対し、本途・口米・六尺給・御伝馬宿として米一二石余、大豆定納二斗一升余、荏胡麻代・小役・川役・口永・御蔵米入用として永五三八文余を納めている。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by