市子殿村(読み)いちことのむら

日本歴史地名大系 「市子殿村」の解説

市子殿村
いちことのむら

[現在地名]蒲生町市子殿

市子沖(いちこおき)村の北に位置し、市子四ヵ村の一。北東部を佐久良(さくら)川がほぼ西流し、北西―南東に八幡町と日野町を結ぶ道が通る。下麻生山部(しもあそうやまべ)神社の応安二年(一三六九)八月日の勧進奉加交名に「とのゝたう」とみえ、この「との」は当地のこととされる。元禄期(一六八八―一七〇四)には高六九四石余(高岡文書)。文政八年(一八二五)には川合(かわい)村との間の佐久良川に架かる橋を当村よりの申出により一本橋から三枚橋に架替えている(川合共有文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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